映画『戦争と女の顔 』物語エンディングネタバレ!感想評価「視聴後に誰かを抱きしめたくなる」

「こんな素晴らしい映画を作れるロシアが何故戦争をするんだ?」ノーベル文学「戦争は女の顔をしていない」を映画化した『戦争と女の顔(原題 BEANPOLE) 』物語をエンディングまでネタバレ!ソ連で女性従軍者が100万人を超し祖国のために奮闘したが一般市民からは非難された彼女たちの証言をもとに描かれたノーベル文学賞を受賞した作品を映画化した本作は、戦で失った様々な痛みに耐え続け静かに穏やかに生きようと必死に努力する二人の美しい女性の物語を美しく描いています。

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映画『戦争と女の顔 』作品情報

あらすじ

1945年、終戦直後のレニングラード。第二次世界大戦によって街は荒廃し、建物は破壊され、市民は身も心もボロボロになっていた。PTSDを抱える看護師のイーヤはある日発作の影響で看病していた子供を死なせてしまう。そこにその子の母親でイーヤと共に戦争に行ったマーシャが戦地から帰ってきた。しかし彼女も戦争後遺症を発症しており、2人とも心身共にボロボロの状態であったが、廃墟の中で自分たちの生活を再建するための闘いの中で、意味と希望を探し求める。

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スタッフ&キャスト

監督
カンテミール・バラーゴフ

出演者
ビクトリア・ミロシニチェンコ … イーヤ
ヴァシリサ・ペレリギナ… マーシャ
アンドレイ・ビコフ… ニコライ・イワノビッチ
イゴール・シロコフ … サーシャ
コンスタンチン・バラキレフ … ステパン

ビクトリア・ミロシニチェンコは2019年に公開された本作「戦争と女の顔」が女優として初の演技で、初主演である。新鋭女優。本作が公開された2019年以降すでに3作品の映画にクレジットされており引っ張りだこである。詳細は不明だが劇中で彼女は身長190cm以上あるようにも見える。
ちなみに本作が初主演ながら見事なヌードを披露しているのでぜひご覧になって欲しい。見事な…とても美しい裸体です。

ヴァシリサ・ペレリギナ、モスクワ生まれ。モスクワ芸術演劇学校(MHAT)で1年間学ぶ。卒業はしなかった。彼女はまた、GITISで学びました。同じ。その後、VGIKに入学し、2019年に同学院を卒業した。
2018年、3年生だった彼女は、カンテミール・バラゴフ監督の映画「ビーンポール」のオーディションを受ける。同年、映画化される。
Teatr.DOCの演劇に出演。ディレクターのドミトリー・ソボレフ:「Future.doc」。彼女は、この劇場で何かを演じるという夢を持っていました。そしてこの公演では、俳優のキャストが毎回更新されるのです。夢は叶った。2019年の夏、彼女はマラヤ・ブロンナヤ劇場の劇団に入団することになった。同夏にコンスタンティン・ユリエヴィチ・ボゴモロフが芸術監督に就任したところ。現在のレパートリーでの公演。
経歴
「ドストエフスキーの悪魔」(リザ)監督:コンスタンチン・ボゴモーロフ。
「ノーム」(タチアナ、エラ) 監督:マキシム・ディデンコ マキシム・ディデンコ
「蛇女」(ベンドレディン、カンザーデ、アルシナ) 監督:マキシム・ディデンコ オレグ・ドリン

ついでに彼女も今作で惜しげもなく裸体を見せてくれる。ビクトリアに負けない見事な裸体。

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映画『戦争と女の顔 』物語エンディングネタバレ!

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まめつぶのイーヤ

第二次世界大戦末期、レニングラードの病院でニコライ・イヴァノヴィッチ医師(アンドレイ・ビコフ)のもと、看護婦として働くイヤー・セルグエヴァ(ビクトリア・ミロシニチェンコ)は、「豆粒(Beanpole)」とあだ名されていた。イーヤは戦争の影響でPTSDとなり時々発作的に体が動かなくなりぼんやりと中空を見つめ少し震えてしまう症状に悩まされている。戦争で心身ともに負傷した多くの患者を相手に日夜忙しく動き回っていた。

彼女は、3歳の小さな男の子パシュカとアパートをシェアして仲睦まじく暮らし穏やかな日々を過ごしていたが、ある日、パシュカをうつ伏せで抱き締めている最中に発作が起きてしまいパシュカを窒息させ殺してしまう。

数日後、戦地から制服姿で戻ってきたマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)が、息子のパシュカの行方を尋ねてきたため、イーヤは正直に答える。マーシャは息子の死を悲しむがイーヤを強く抱きしめる。

その後マーシャはイーヤと夜の街に繰り出し、街の男性サーシャとその友人の車に乗って会話をする。マーシャは、恥ずかしがり屋のサーシャとセックスするために、サーシャの友人とイーヤに「散歩」に行くようお願いする。ところが帰ってきたイーヤはマーシャとセックスをしているサーシャを引きずり下ろし殴りつける(マーシャの友人はイーヤにぶん殴られて倒れてた)

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イーヤの過去、マーシャの傷

翌日、共同浴場でマーシャの腹部の傷跡に気づいたイーヤが尋ねると、マーシャは「子供を産んで治したい」と言う。

マーシャは病院で働き始め、イワノビッチ医師に、イーヤと一緒に高射砲隊に所属していたが、イーヤは頭に外傷を負って除隊、マーシャは軍に所属し続けたことを話す。やがて、四肢麻痺の兵士ステパン(コンスタンチン・バラキレフ)の妻が戦死したと聞いていた夫が生きていたことを知る。

ステパンは、四肢麻痺のまま子供たちのもとに帰ることに耐えられないと妻とニコライ医師に安楽死させてほしいと懇願する。最初は猛反対したニコライだったが、やがてイーヤに安楽死を依頼し、イーヤはステパンを安楽死させる。(ステパンの顔は穏やかだった、しかし、その様子を偶然横のベッドで休憩していたマーシャが見ていた)

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マーシャの願い

夜勤明けのマーシャは、戦争の疲れからか突然鼻血を出し体調不良に悩まされていたがイワノビッチ医師がマーシャを診察し、マーシャは不妊であることを伝える。

マーシャはイーヤに自分の代わりに自分の子供を産んでくれるよう頼む。イーヤは困惑するがマーシャは、息子のパシュカを死なせてしまったイーヤに子供を産む義務があると伝える。

パーティーの席で、マーシャはイワノビッチ医師にイーヤを孕ませるよう頼み、彼は断るが、彼女は安楽死のことを公表するとイワノビッチ医師を脅迫する。後日、イーヤの懇願でマーシャと一緒にベッドに横たわり、イーヤは下半身だけ露出した状態でニコライ医師を受け止める。行為の最中イーヤは静かに鳴き、マーシャは横で鼻血を出していた。

マーシャは車の一件以来もサーシャと会い続けイーヤの部屋に一緒に訪れるため恋人ができたことのないイーヤはマーシャの幸せそうな様子に困惑し嫉妬していた。後日、イーヤは自分が妊娠していないことを知る。ある日、マーシャが隣人の針子のためにドレスを試着するがマーシャは突然狂ったようにその場で回転し続け取り乱す。彼女も戦の後遺症PTSDになっていたのだ、俯くマーシャに対しキスをするイーヤ、マーシャは嫌がるがイーヤは何度も激しくキスをし、マーシャもそれに応えるが結局跳ね除ける。

イーヤとマーシャ

後日、イーヤはサーシャに対し食べ物を持ってアパートに来るのをやめるようお願いするが、サーシャはマーシャを両親に会わせようと誘い、イーヤはマーシャと口論になる。落ち込んだイーヤはイワノビッチ博士の家に行き、涙ながらに自分を孕ませてくれるよう頼む。彼はそれを断り、私と一緒に明日この街を出ようと誘う。

マーシャはサーシャの両親(上流階級)を訪ね、サーシャは彼女を自分の恋人、もうすぐ妻になると紹介するが、マーシャは非常に冷たい反応を示し母親はマーシャを「軍隊の基地妻(娼婦のような扱いの女)」と指摘する。

そしてマーシャはサーシャの家族に嘘を伝える。「過去にマーシャが兵隊と付き合っていたこと、自分の腹部の傷跡が、以前医師に説明したような戦闘による爆撃の損傷ではなく、多くの中絶によって生じたものだ」と嘘の暴露をする。

彼女が嘘の発言をした理由は、戦時中のサーシャの母親のような一般市民が戦場に向かう女性をどう見ているかという典型的なステレオタイプの人で、マーシャやイーヤたちに対し犠牲とヒロイズムに敬意を表しているわけではないのだ。だからこそマーシャは真実ではなく、そのような馬鹿な人たちが信じている(信じたい)ことをあえて言ったのだ。嬉しそうに彼女の言葉を間に受けたサーシャの母の言葉にサーシャは激怒して部屋を出て行き、マーシャは一人で路面電車に乗って帰宅する。

エンディングネタバレ「電車に轢かれてたのは…」

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その帰り道、マーシャの乗った路面電車が背の高い女性を轢いてしまう。覗いたマーシャはその女性が下敷きになって死んでいること、イーヤのことを思い出し家に駆けつける。

イーヤはそこで発作を起こして窓を見つめていた。そして妊娠していないことを明かす。マーシャは彼女を殴り始めるが、やめる。

マーシャはイーヤに、サーシャはもう来ない、これからは二人で一緒に暮らそう、二人に似た元気な子供を育てよう、今までの苦しみを癒してあげよう、と約束する。二人は抱き合って泣く。

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まとめ:感想評価

以前漫画版の「戦争は女の顔をしていない」を何かで読んだ。戦争とは男同士がするものであって、女性が従軍したところで男よりも力がなく弱い女性に対しある意味対等に扱われているため、支給されるのは男物の衣服であり、生理中はズボンを真っ赤に染めるかこっそりと衣服をちぎって当てるかしかない。という部分だけはよく覚えている。

しかしこの漫画の原作は当時ソ連で従軍した100万人もの女性従軍者のうち約500人から証言をまとめて出版した作品であり、私が覚えている部分も氷山の一角だったのだろう。この映画でも主人公二人はとにかく辛い目にあう。笑顔のシーンの方が少ないぐらいだ。不幸、不幸、不幸、不幸が続く。

しかしストレスはない、視聴中も心に何か暗いものが残ることはなかった。この映画は何もかもが「美しい」のだ。最悪の時代の最悪な戦争から帰ってきた彼女たちのいる場所が美しく描かれているため、美しい二人のヒロイン、彼女たちがいないと美しいシーンが心に残る、だからずっと目を惹くので辛いことが目の前で起きていたとしても、淡々と美しいドキュメンタリーを見ているかのように不謹慎だがワクワクと見てしまう自分がいる。一歩間違えると鬱映画のレッテルが貼られてもおかしくない映画なのにだ。

とにかく冒頭1分で、「あ、この映画面白いな」と思わせる見事な掴みを楽しんでほしい。そして「これか」と絶対にあなたもニヤリと笑みを浮かべるはずだ。それからラストまであなたは全く飽きることなく最後まで見てしまうだろう。

そして、ラストの後、誰かを抱きしめ慈しみたくなるに違いない。戦争は恐ろしいが人間は美しい。彼女たち二人が幸せになっていることを願わずにはいられない。

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