『Manodrome』ネタバレと海外の評価:ジェシー・アイゼンバーグの壮絶な変貌を追う




“力を取り戻せ、ラルフ!”ライオンズゲートは、南アフリカの映画監督ジョン・トレンゴーブ(前作『The Wound』の監督)のインディーズ作品『Manodrome』の公式予告編を公開した。この作品はベルリン映画祭でプレミア上映され、大方の評価は賛否両論でした。

ガールフレンドの妊娠に葛藤するラルフィーの人生は、謎めいた男たちの一家と出会ったことで制御不能に陥る。

『Manodrome』は、有害な男らしさと、男であることに執着するもろい男たち(ご存知だろう)を巧みに批判している。主演のジェシー・アイゼンバーグは、エイドリアン・ブロディが運営する男性向けカルト教団に入信した男たちのひとりだ。

出演はオデッサ・ヤング、フィリップ・エッティンガー、サリュー・セセイ、イーサン・スプリー、エヴァン・ジョニングケイト、ケイレブ・エバーハルト。この映画は、素晴らしい演技と、現代的な男らしさに果敢に挑戦し、男たちがいかに冴えないかという現実を描いている。

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『Manodrome』物語ネタバレ

ドライバーとして働いているラルフィー(ジェシー・アイゼンバーグ)は、妊娠中のガールフレンド、サル(オデッサ・ヤング)との生活を支えるため働いているが、自分にとって価値のない空虚な日々に、意味を見出せず、自分には価値がないと思っている。彼の唯一の癒しは、仕事終わりのジムも、筋骨隆々の黒人グループに徐々に支配され居心地が悪くなっていく。友人のジェイソン(フィリップ・エッティンガー)は、ラルフィーを立ち直らせるための手段があると言って、ラルフィーに友人たちに会うよう勧める。

カリスマ”ダン”

レストランに向かったラルフィーはカリスマを持った 男ダン(エイドリアン・ブロディ)率いる男たちを紹介される。ラルフィーは彼女が妊娠していることなど近況を報告するが、男たちは最悪だなとネガティブな発言をしてきたことに苛立つ。そして、グループの男たちが三角形の上に線を引いたデザインのタトゥーを入れていることに気付く。食後、ラルフィーが帰ろうとすると、ダンが現れラルフィーの痛みがわかると言い、彼らも悪い奴らではなく父親がいないからこその発言なんだと擁護して立ち去る。

翌日、ジムで着替えているとジェイソンが現れ、ラルフィーがずっと欲しがっていたことを話していた新しいスニーカーをプレゼントしてきた。なぜ?と聞くとジェイソンは”彼らかの贈り物だ”と言われたため、一度彼らの集まるミーティングに行くことにする。

ラルフィーは、郊外にある広大な一軒家でのミーティングに出席する。グループに参加しているのは全員男性で、自分たちのことを「息子」または「父」と名乗り、「独身期間」を貫いてきた期間を語り始める。その後、グループの男たちは公然と女性差別発言を始め、ラルフィーは驚くのだった。

ここにいる男たちは、この屋敷で皆と一緒に暮らすために、配偶者を捨てたことが明らかになる。ミーティング後、男たちがたむろする家の中を探検していると、ダンの書斎を見つけ机の中から銃を発見する。ラルフィーが銃を構えて遊んでいるのを見たダンは、叱るどころかラルフィーをこの「ファミリー」の一員にならないかと誘うのだった。答えを出すことができないラルフィーの胸に手を当てると、ダンは君の中には、驚異的な美と、創造し消滅させる驚異的な力があると言われたラルフィーは、初めて人生の意味を見出したような、内なる喜びを感じるのだった。

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彼らはカルト集団なのか?

ラルフィーは子供の乗客を乗せて家に送り届けた後、携帯電話を後部座席に置き忘れているのを見つけ、そのまま質屋に持っていき現金を手にする。サルが喜ぶと思ったラルフィーは現金を見せながら、説明したが、サルは落胆してしまうのを見てラルフィーは悲しい表情を浮かべる。

ラルフィーは別のグループミーティングに出席し、そこでダンと家族たちがラルフィーを囲み質問攻めにすると、彼は今まで秘めていた感情を爆発させ感情的に怒りを露わにし、グループは彼を褒め称える。そして、グループは彼がガールフレンドと別れることを提案するのだった。

夜ジムで黒人たちと些細な喧嘩をしてしまい苛立っていたラルフィーは、ゲイのカップルを乗せる。彼らは、後部座席でセックスしようとしていたため、急停車させ彼らを怒らせてしまう。後部座席先から文句を言われながら、ラルフィーは顔色ひとつ変えずに猛スピードで車を走らせてゲイカップルを怖がらせるのだった。

ダン率いる一向はモールで買い物を始め、そこでラルフィーはダンに高価なシャツを買ってもらうのを断り、自分の貯金で支払う。一行が歩いていると、ブラッド(エヴァン・ジョニガイト)がファミリーに入るために捨てた妻のアリスに見つかり、涙を流しながらブラッドを叱責するアリスの姿を見たラルフィーは、自分が過ちを犯したことに気づき、サルに会いに逃げようとする。しかし、ダンはラルフィーを止め、お前は本当の男じゃないのか?代わりに自分の力を取り戻せ、この世はクソだとこっち側に来るように促すが、彼はパニックに陥るだけだった。どこかのトイレで、自分を強く平手打ちしたラルフィーは、背後にいた見知らぬ男に襲いかかり激しい暴力を振るう。

サルは怪我をして帰ってきたラルフィーの行動を問い詰め、激しい口論となる。外に逃げ超とするラルフィーに対し、話を聞いて欲しいと願うサルに対し、自分には美しい力を創造と破滅の力があるんだ!と彼女を投げ飛ばして見捨て立ち去ると、ラルフィーはその足でダンのグループの家に移り住み、焼印を押されてグループに入門してしまうのだった。

ラルフィーを中心に皆で撮影をした後、祝杯をあげ皆から祝福を受ける。ダンの書斎で銃を渡されたラルフィーは、小さい頃クリスマスに父親が家族を捨てて出て行ったことを明かす。それを聞いたダンは “神はいない、いるのはラルフィーという神だけだ “と優しく堕落した言葉を告げられる。するとラルフィーはダンを殴り、仲間に追われながら慌てて屋敷から逃げ出す。

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エンディングネタバレ「バカで間抜けな青年ラルフ」

屋敷から逃げ出したラルフィーは、ジムから出た黒人ボディービルダーのアーメット(サリュー・セセイ)を追って工業工場に向かう。アーネットを追い工場の中に入ると、待ち構えたアーメットから誘惑され、アナルセックスを始める。こと終わったあと、アーメットが自己紹介すると、ラルフィーは突然彼をダンの銃で射殺し、トラックを盗むと、彼の私物を全て質に入れ大金を手に入れる。

金を手に入れたラルフィーは病院でジェイシーを出産したばかりのサルを迎えにいき、一緒に自宅に戻る。子供のために食料品を買って戻った部屋には誰もおらず、 “許して “と描かれたメモだけを残してサルは去ったことを知る。しかもサルは子供を隣人に預けて独りで逃げたのだ…。

泣き止まない赤ん坊を抱き心身を疲弊させたラルフィーは、アーネットの車で赤ん坊を連れてダンの屋敷に戻る。ダンたちはラルフィーと赤ん坊のジョイスも一緒に受け入れると、ラルフィーに食事を与え優しく受け入れるのだった。

すると、アーメットの車を追跡してきた警察が現れる。混乱したラルフィーは、銃を取り出し、自分の頭に銃を向け自殺する様子を見せる。様子を見ていたダンは、皆と一緒に祈りを唱え始め、ラルフィーも一緒に祈りを唱えるが、最終的にラルフィーはその銃口をダンに向け、頭を撃ち抜く。

ラルフィーは突入してきた警察官を射殺したあと、車で逃走し、森の中を走り続ける。夜になり高齢者向け介護施設に辿り着き、食料を求めて台所の食料庫に侵入して物色していると、そこで働く従業員が現れる。

彼は、銃口を向けられながら、あなたに食事を作らせてくれないか?と申し出ると、ラルフィーは自分に銃を突きつけ、引き金を引くが、銃は発射されなかった。疲労が溜まったラルフィーは気絶してしまう。

作業員は目覚めたラルフィーのために食事を作り、彼に話を聞かせる。

話を聞いたラルフィーは、彼の隣に座り、まるで子供のように彼の胸に頭を乗せると、じっと目をつぶる。作業員が外を見ると警察が現場に到着するところだった。

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海外の感想評価IMDb 4.8/10

いかがでしたか?

かなり一方的な展開に面くらった人が多いのではないでしょうか?ここから先はIMDbのレビュー内容を紹介していきます。海外ではかなりの低評価となっていますが、その理由もなかなか面白いですよ。

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肯定的な意見

7/10
星1つでお願いします!
『Manodrome』は、静かな “平凡な “男が、適切な時に不適切な人々と出会い、圧力鍋のような状況を引き起こしていく過程を追う、荒唐無稽な乗り物だ。この映画に意味がないと言っている人たちは、少し自省する必要があるかもしれない。映画は序盤で明らかにこれから起こることを示唆しており、主役の不規則な行動は、プレッシャーがいかに彼の選択を導いているかを示している。この映画は、悲しい、暴力的、孤独な男の物語である。彼は自分の生い立ちのために、自分を表現することができなかった。

6/10
MeToo時代の「タクシードライバー」ではない
ジェシー・アイゼンバーグが最も体を張った演技をしている。エイドリアン・ブロディはまさに一時代を築いた俳優であり、オデッサ・ヤングは私にとって黙示録だ。しかし、迫力あるシーンや不穏な映像がうまく作られている一方で、この映画の制作者はストーリーをどこに持っていくか決めかねているようだ。『ゴーン・ガール』や『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のような傑作には及ばない。
私はこの映画をハイファ映画祭で見た。観客の反応を見るのは興味深かった。皮肉なことに、ある夫はもうこれ以上映画に耐えられず、妻に外で会うと告げた。どのシーンでそうなったかは、見てのお楽しみ。

10/10
風刺だよ、みんな。
『Manodrome』は、現代社会における男らしさのダークサイドを探る、手に汗握る挑発的なスリラーだ。
ジェシー・アイゼンバーグは、社会の規範や期待を否定する過激な男性グループに加わる男、ラルフィーを力強く大胆に演じている。エイドリアン・ブロディは、ラルフィーを極限まで追い詰めるグループのカリスマ的リーダー、ダンをカリスマ的かつ脅威的に演じている。
この映画は、ラルフィーの狂気への堕落から生じる暴力や過激主義から逃げることなく、アイデンティティ、疎外感、変化する世界における男性の役割について重要な問題を提起している。
『Manodrome』は、観る者を挑発し、不安にさせるだけでなく、考えさせ、感じさせる映画である。ドラマ、ホラー、風刺の要素を巧みに融合させたジョン・トレングローブ監督の大胆で独創的なビジョンである。
『Manodrome』は見るべき、語るべき映画である。

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否定的な意見

1/10
いや
これは、自分が何をしたいのかわからない、ゴールのない主人公を主人公にした映画製作の新しい波の一部なのだろうか?この映画ではいろいろなことが起こるのか?もちろん、主人公は基本的に壊れたロボットとして機能する奇形的なキャラクターであるため、これを書いた誰にとっても全く意味のないことがたくさん起こる。
彼は人間か?もちろん、彼はこれまでの人間のように行動するだろうか?おそらく違うだろう。彼に成功してほしいと思うほど、私たちは彼のことを気にかけているだろうか?何の成功だ?彼がやっていることは、まるで気骨もオウムの知性さえもないかのように、次から次へとひどい決断を下して彷徨うことだけだ。どうしてこんなものが許可されるのか、私には理解できない。

5/10
変なファンタジー
間違っているかもしれないが、これは、プラウドボーイズ、ジェイソン・ドノバンの部族、男権運動、ロブスター、MGTOW、…のようなボーイズクラブが極端な女性差別に耽溺していると想像する人々の奇妙なフェティッシュ・ファンタジーだと思う。それは、MSMやソーシャルネットワーク、あるいはMediumのような場所での彼らの記事の中で日々明らかになる、興味深い投影である。これは、彼らの恐怖をすべて正当化するホラー映画のようなものだ。この種の探求をするのはトレンディーだ。「モーニングショー』はイーロン・マスクを冷酷な億万長者として描いている。「ドント・ウォリー・ダーリン』はジョーダン・ピーターソンを暗い秘密を抱えた悪の黒幕として描いている。実生活で実現できないことをプロパガンダ映画にする。それが対処法なんだ。だから…この種の作品には多くの価値がある。心理学101だ。

4/10
この映画への期待はかなり高かったのですが、1時間で打ち砕かれました…。
不安と精神的ストレスを抱えた男性が、男たちのグループに加わり、絆を深め、再び強く誇りを持てるようになるというこの物語は、エキサイティングでスリリングに聞こえるかもしれないが、その逆で、これは単なるスローバーニングな人物描写に過ぎない(そして良いものではない)。
この映画はおそらく、忍耐強いアーテイストの映画ファン向きで、アクション映画ファンにはまったく向いていない。彼らは予告編に惑わされて、『ファイト・クラブ』や『タクシードライバー』のような作品を期待しているかもしれない。
悪い点ジェシー・アイゼンバーグは好きな俳優の一人だが、彼が深刻な精神的問題を抱えたまま(そして最終的に殺戮の限りを尽くす)取り乱すという演技で私を納得させることには成功していない。彼はまだ愚かで無害なオタクにしか見えない。彼の深く抑圧されたはずの暴力的なキャラクターは、私にはまったく伝わってこない…。
ジェシー・アイゼンバーグが、妊娠中のガールフレンドを持つ思いやりのある父親から、最終的には殺戮を繰り返す狂気の精神病患者へと変貌を遂げるというこの物語のアーチは、私にはまったく説得力がなく、それが問題なのだ。
さらに悪い点は、ストーリーの信憑性に問題がありすぎることだ。突然、孤独で不安なジェシー・アイゼンバーグを、長い間行方不明だった息子を愛する父親のように支え始めた男たちがいる。何人かの脇役の演技が弱すぎて、本当にイライラさせられた。また、エイドリアン・ブロディが男性クラブの教祖をブツブツ言いながら演じているのも、かなりバカバカしく見える。
もしあなたが、徐々に正気を失っていく孤独な魂が、誰かを殺すことでその精神的緊張を「癒す」ことを求めるという内容の、破壊的な映画をお探しなら、ロバート・デ・ニーロ主演の『タクシードライバー』(1976年)のほとんど似たようなプロットを代わりに観た方がいい。『Manodrome』は、(せいぜい)あの偉大なアメリカ映画の古典の、安っぽくて失敗した代用品なのだから。

3/10
時間の無駄.
昔はファイトクラブのような映画を制作していた時代もあった。
今、彼らは2400万ドルを使って、ナンセンスな脚本で我々の時間を浪費している。
オスカー候補のジェシー・アイゼンバーグが、憎めない、混乱した、魂のない人間を演じるのは初めてではないが、エイドリアン・ブロディはどうしたのだろう?彼は『戦場のピアニスト』でオスカーを受賞している。もう40万ドルの役を引き受ける前に脚本を読まない俳優もいるのだろう。
私はいつも映画を最後まで見て自分の気持ちを決めるのだが、この映画の登場人物の誰にも共感できなかったので、30分で見るのを止めざるを得なかった。

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まとめ:ラルフィーは最後にどうなるのか?

個人的には好きだ。

だが、世界の映画ファンは、彼が弱いがために、周囲に流され流され、自分で決断したことが全て最悪の事態を引き起こしていること、どうしようもないから、流されることしかできず、それで良いと思い流された挙句、最悪の底に辿り着いていく様を理解できないようだ。脚本が浅い?そうじゃない、この虚無で最悪な人生こそ、彼の物語、映画作品じゃないか。

この映画を見て心が震えない人もいるからこそ、低評価なのだろう。

それはそれ、

でも私はこの映画を、好き・・・・・とは言えない。

半自伝的なドキュメンタリー映画のように見てしまったからだ。

ああ、酔っている。この映画を見たあと、飲まずにはいられなかった。

この物語の主人公ラルフィーは私だからだ。

彼の選択、想い、行動、全てが私の選択そのものだった。

見ていて気持ちの良いものではないよ。

だって、ほとんど同じ道歩むんだから。

後半は嗚咽に近いものを感じてしまった。

だからこそ、最後の彼は救われたように見えるが

私が踏み出せなかった最悪の一歩を踏み出した彼に今後一生安定した日々は来ないと思うと、”あの時、あの選択をしなかった私はどれだけ幸せだったのか”と思わずにはいられない。

映画の内容の前に、私の話をしよう。

彼がどんなに私と似ているのか、の話である。

私は生まれた時からずっとぼんやりしていた。

とりあえず小学校に行ったら、中学校、高校、働きたくないから大学生になったが、結局何も成せず成人してしまい、卒業と同時に社会人になってしまった。

田舎にいるよりは、と、上京してみたが、私もネットワークビジネスというカルト宗教ににハマった。

日本もアメリカでも同じような手口がごまんとある。だいたいラルフィーや私のように、子供のまま流されて大人になってしまい、働く以外やることがなく、自分の人生に意味を見出せないときに、まるで悪魔のように背後に忍び寄り、甘い蜜のような成功者を見せ、自分にはない何かを持っている人を羨ませ、人生の目的や夢や目標を熱く語らせ、自分もそうなれるのではないか?そうやって夢と希望を少しのお金を巻き上げていく。そんなものだ。それに超ハマった。10年ぐらい。

アホだろ?

だから俺はラルフィーは本当に馬鹿野郎だなんて少しも思えなかった。ダンに少し褒められただけでいい気になって、本当の男になった気になって人に暴力を振るってみるが何かが満たされないが気がつかない。

結局、ある日仲間たちと肩で風を切るように歩いている最中に、仲間が捨てた女が涙を流して叫ぶ姿を見て、すぐに彼女のことを思い出して家に逃げ帰っちゃうところ。

そして結局、現実よりもふわふわと気持ちの良いことだけを言ってくれるダンたちの言葉が呪いのように残っていたため、それを自分の主張として叫んだあと、勢いで入団、そしてひとしきり遊んだあと我に返ってダンを殴って逃亡。結局彼女にも逃げられ、行き先をなくした結果ダンの元に帰るという。アホの局地みたいな、精神疾患者のような私とほぼ同じ言動に涙が出るほどみていて辛かった。

散々一発屋時代に威張り散らかした羽田陽区が売れなくなった途端に、みんなから嫌われまくって結局地方の小さなテレビ局でひっそり活動する羽目になるあの感じ。。。なんか違うか。

とにかく、この映画を見て痛かった。

正直に言うよ。

これは誰にも言ってないんだけどさ。

ある日、例のカルト教団みたいなネットワークビジネス辞めた後さ、今まで夢を語っていた仲間とかがいなくなった途端に、自分自身を見失っちゃってさ…

。。。

。。。。

とりあえず勢いで、自分にはどんな価値があるのか知りたくて、発展場に行って男に体売ってみたり、優しくされるもんだから少しだけハマったり。

やっぱり我に返って家に逃げ戻ったり。泣いたり。でもやっぱり男の人に優しくされた経験が邪魔になったり。。

ああ、もう、俺の人生の話の時間じゃねぇんだけど、言ったのは初めてだからせっかくだから聞いてくれよ。ごめんよ。

この映画、辛いわ。

ってことで、

人によってはファイトクラブにもタクシードライバーにもなれない映画。って評価していたんだけど。そんなのは映画監督もわかっているはずだよ。だってファイトクラブとタクシードライバーは最高だもん。でもこの映画を作った理由?

そりゃ、面白いと思ったから。

それだけだよ。

こんな男の物語はどうだい?

って

それだけだと思う。

俺みたいにきっつーく響く人もいれば、響かない人もいるよ。

あなたはどう感じたかな?

それは聞いてみたいかも。

あ、あとさ

最後の10分ってどう思った?

老人ホームでひとときの優しさを提供する男性がいる必要性はいったい何だったのだろう?しかも、自身を捨てた親と同じように自分も子供を捨てて未来を破滅させ、ダンを殺すという行為はあまりに逸脱し過ぎている。彼に救いを与え、彼の小さく縮こまる体を見て我々は何を思えば良かったのだろうか?彼を許す?父のように?家族のように?友人のように?なぜ?彼は自分勝手にやって自分で崩壊したじゃないか、彼はそのまま逮捕されるべきだったんだけど、やっぱり神はいない、とダンは言ってたけどさ、神は誰に対しても愛しているから、って示唆してたんだと思ったんだけどどうかな?

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