
ジョナサン・メジャースの衝撃的な演技力が光るサイコロジカル・ドラマとして注目を集めた映画『ボディビルダー』(原題:Magazine Dreams)の結末ネタバレと海外の感想評価をまとめて紹介する。IMDb6.9点、Rotten Tomatoes批評家80%・観客92%という高評価を獲得したアメリカ映画で、孤独なボディビルダーの精神崩壊を描いた問題作だ。
「至高の暗黒キャラクター・スタディ」2023年1月20日、サンダンス映画祭でワールドプレミアを迎えた映画『ボディビルダー』は、アメリカの心理劇として強烈な衝撃を与えた作品である。ロサンゼルス・メディア・ファンドとトール・ストリート・プロダクションズが製作し、ブライアクリフ・エンターテインメントが配給を担当した。本作は2025年3月21日にようやく劇場公開を果たしたものの、その道のりは決して平坦ではなかった。
脚本・監督を務めたのは『ホット・サマー・ナイツ』で知られるイライジャ・バイナムで、本作が長編2作目となる。主演のジョナサン・メジャース(36歳)は『ザ・ラスト・ブラックマン・イン・サンフランシスコ』『ラブクラフト・カントリー』で高い評価を得た実力派俳優だ。メジャースは『クリード3』に続き本作でも肉体改造に取り組み、1日6100カロリーを摂取し3回のトレーニングを4ヶ月間続けた。共演には『ジェシー』役でヘイリー・ベネット、『ピンク・コート』役でテイラー・ペイジ、祖父役のハリソン・ペイジらが名を連ねる。
今回は、タクシードライバーやジョーカーと比較される異色作『ボディビルダー』のラストまで徹底解説する。以下の内容は物語の核心的なネタバレを含むため注意していただきたい。また、本作は暴力描写、薬物使用、性的描写を含むR指定作品である。
『ボディビルダー』あらすじ結末ネタバレ
ここから先は『ボディビルダー』の結末に関わる重大なネタバレを含む。夢と現実の境界が曖昧になり、孤独と暴力に支配されていく主人公キリアン・マドックス(ジョナサン・メジャース)の壮絶な物語を詳細に解説していこう。
孤独なボディビルダー
キリアン・マドックス(ジョナサン・メジャース)はボディビルのチャンピオンになる夢に取り憑かれている。彼は障害を持つ祖父ポーポー(ハリソン・ペイジ)の介護をしながら二人で暮らしている。父親は母親を殺害した後に自殺している。
キリアンの日常は極めてストイックで孤立している。祖父の介護、毎日膨大な量のタンパク質の摂取、ステロイド注射、そして何時間もの過酷なトレーニングの日々。彼の部屋の壁にはボディビルの切り抜きが貼られ、その中でも特にブラッド・ヴァンダーホーン(マイク・オハーン)という伝説的なチャンピオンに憧れ、ブラッドに熱烈なファンレターを送り続けていたが、返事が来たことはない。
度重なるステロイド、孤独な日々、狂気的な日々を送るキリアンは精神的不安定だと判定され州からカウンセリングを義務付けられている。カウンセリング担当のパトリシア・ウォルドロン(ハリエット・サンソム・ハリス)は、彼の攻撃性を懸念しているが、キリアンは自分の本当の感情や暴力的な衝動をカウンセラーには決して明かさなかった。
ステロイドは精神だけではなく肉体への異常も起きていた。ある日、キリアンが配信用動画を収録中どうしようもない腹痛に見舞われ動けなくなってしまう。それでも狂気的な欲求は止まることはなく、ステロイドを注射した後、残った薬剤を鼻から吸引してトレーニングを行うなど、異常性が際立っていく。
ある日家の塗装を対応した作業内容に不満があり電話をするが、期待をした答えを得ることができなかったキリアンは夜中に塗装屋に直接向かう。キリアンが到着すると閉店していたことに腹を立て暴言を吐きながら店のガラスを次々割っていき腕に重傷を負ってしまう。精神的に錯乱した状態で車に乗って暴走した結果自爆して気を失う。
病院で医師から高濃度ステロイドの影響で肝臓に腫瘍がいくつも見つかりこれ以上猛毒を体に注入するのをやめるべきだと言われる。
ある日、キリアンは好意を抱いていた常連のスーパーのレジ係のジェシー(ヘイリー・ベネット)に勇気を出して彼女に声をかけてデートに誘うことに成功する。
惨憺たるデート
キリアンはジェシーとレストランで合流するが、キリアンは6000キロカロリーを摂取するためメニューの半分近くを注文すると、大量の食事を一人で平らげ始める。ジェシーが困惑する中、キリアンは両親の死について独り語りを始めたと思うと、次第にボディビルへの情熱について延々と語り続ける。
「僕はミスター・オリンピアになる。雑誌の表紙を飾るんだ」キリアンは目を輝かせながら自分の夢を語る。彼女が何か言おうとするとキリアンは言葉を遮りさらに熱っぽくボディビルについて語り続けた結果、次第に恐怖を感じたジェシーはトイレに行くと言い出しそのままレストランを出て行ってしまう。ウェイトレスにジェシーが退店したことを聞かされても、キリアンは自分の対応の何が悪かったのか理解できず、一人で食事を続けるのだった。
暴力の連鎖
キリアンはすぐに気持ちを切り替え大会のために痛みに耐えながらトレーニングを続け、ショーの当日、会場に向かうため車に乗ろうとしたところ塗装屋3人に襲われ、全身打撲の重傷を負う。起き上がったキリアンは全身傷だらけの体でショー会場に向かい、ステージに上がってポージングを始めたが、意識を失って倒れてしまった。
目を覚ますと、キリアンは浴槽で氷水に浸かっていた。大会中に倒れたボディビルダーとして記事には載ったが彼にとって惨めな失敗だった。家に戻ったキリアンはボディビルに関連する全てのポスター、ビデオ、彼の憧れ全てを破壊し尽くし泣き崩れる。
カウンセラーには真実を隠し、すべてが順調だと嘘をついたキリアンはその後、街で売春婦と部屋に向かうが、キリアンは「キスはしない」というルールを無視してキスをしたところぶん殴られてしまい、落ち込んだキリアンは機能不全を起こし部屋を後にする。
目に見えてキリアンの様子がおかしくなったことで店の上司はついに解雇を告げる。無職になった彼は、レストランでキリアンを痛めつけた塗装屋とその家族に遭遇した。キリアンは彼らのテーブルに近づき、塗装屋と子供たちの前で私に何をしたのかを伝えると、食事を投げつけ子供たちが泣き叫び恐怖に怯える家族を見て満足したキリアンは店を後にする。そして、銃器店に通い始め、複数の銃を購入し銃の扱いを学ぶ。
偽りのヒーロー
破壊衝動の赴くままに行動しようとしていたキリアンだったが、なぜか突然憧れていたブラッド・ヴァンダーホーンの家に招待され一緒に撮影会をするという夢のような機会を得る。
撮影後ブラッドはキリアンを自分の部屋に招き入れた。キリアンは感激し、自分の手紙について語り始めた。「あなたに何通も手紙を書いたんです。僕にとってあなたは…」だが、しかしブラッドはキリアンの言葉を遮ると突然性的な関係を迫る。キリアンは混乱し、拒絶しようとしたが、ブラッドは強引で最後まで行うことになる。その後、ブラッドはキリアンを部屋から追い出す。
憧れの人物による性的虐待。キリアンの心は完全に崩壊した。彼が信じていたすべてが偽りだった。ブラッドは英雄ではなく、ただの自己中心的で残酷な人間だった。手紙への返事がなかったのは、ブラッドがキリアンを人間として見ていなかったからだ。
結末ネタバレ:破滅への道
キリアンは銃を持ってブラッドのポージング・ショーを訪れ、舞台裏からブラッドに向けて銃を向け、何発も撃ち込む。血まみれになって倒れるブラッド。観客の悲鳴。警察のサイレン。
フラッシュバック、幼少期の記憶、両親との思い出、そして祖父の顔。
全てはキリアンの妄想だった。キリアンはただ立ち尽くし、涙を流し、そして立ち去った。
家に戻ると、祖父ポーポーの腕の中で泣き崩れた。
その後、銃を分解し、線路の近くに投げ捨て、トイレにステロイドを流し込んだ。そして再びガレージに入り、鏡の前で筋肉を誇示するポーズを取り始めた。
そして彼は再びつぶやく「僕はまだ夢を見ている。ボディビルダーになる夢を」
結末考察:未来はどうなるのか?
映画は曖昧な結末を迎えた。
彼はステロイドを捨てたが、再びポスターを部屋中に貼ってポージングをした後、自身が黄金色のステージの上で光り輝く瞬間を思い描き物語は終了する。
これはキリアンがステロイドと暴力から離れて健全な道を歩み始めるのか、それとも再び破壊的なサイクルに戻ってしまうのか。
最後に映し出されたステージで輝くキリアンの幻想。満員の観客が彼を称賛し、雑誌の表紙を飾る栄光を手にする。だが、それは現実ではなく、彼の心の中だけに存在する儚い夢である。
キリアンの物語は、孤独、精神疾患、承認欲求、暴力の連鎖が織りなす現代アメリカの闇を映し出していた。彼は加害者であり被害者でもある。そして最後まで、誰にも本当の意味で理解されることはなく孤独な日々を繰り返すのだ。
『ボディビルダー』作品情報

映画『ボディビルダー』のネタバレを読んで興味を持った読者のために、監督イライジャ・バイナムと主演ジョナサン・メジャースの詳細情報、そして本作が辿った波乱の公開経緯について紹介する。
『ボディビルダー』興行収入
本作は2025年5月20日時点で、北米興行収入1,173,594ドルを記録している。限定公開からスタートした本作だが、主演俳優の法的問題により大規模な宣伝活動が行われなかったことを考えれば、この数字は決して低くない。批評家と観客の両方から高評価を得たことで、口コミによって徐々に観客を集めていった形だ。
イライジャ・バイナム監督情報
イライジャ・バイナムは1987年3月18日、マサチューセッツ州ノーサンプトン生まれのアメリカ人脚本家・映画監督である。長編デビュー作『ホット・サマー・ナイツ』(2017年)で注目を集め、ティモシー・シャラメとメイカ・モンローを起用した青春犯罪ドラマを手がけた。同作はサンダンス映画祭で初上映され、独特の映像美とノスタルジックな雰囲気で批評家から好意的な評価を受けた。
バイナムの映像作家としての才能は、スタイリッシュな撮影技法と心理描写の深さにある。『ボディビルダー』では、撮影監督アダム・アーカポー(『TRUE DETECTIVE/二人の刑事』シーズン1)とタッグを組み、ネオノワール的な表現主義スタイルで孤独な主人公の内面世界を描き出した。バイナムはインタビューで、マーティン・スコセッシの『タクシードライバー』やポール・シュレイダー作品から強い影響を受けたと語っている。
監督としてのバイナムの特徴は、社会の周縁に追いやられた人物への共感的な視線と、彼らの心理状態を視覚的に表現する手腕にある。本作でも、キリアンの幻覚と現実を区別しにくい演出を意図的に用い、観客を主人公の混乱した精神世界に引き込むことに成功した。2024年には『ザ・デリバランス』の脚本も手がけており、今後の活躍が期待される若手監督の一人だ。
主演キリアン・マドックス役「ジョナサン・メジャース」情報
ジョナサン・マイケル・メジャースは1989年9月7日、カリフォルニア州サンタバーバラ郡生まれの俳優である。イェール大学演劇学部で演技の修士号を取得した実力派で、ヒース・レジャーの『ダークナイト』でのジョーカー役に触発されて俳優を志したと語っている。2017年にABCミニシリーズ『When We Rise』でスクリーンデビューを果たし、同年の『ホスタイルズ』で映画初出演を飾った。
メジャースのブレイクスルーとなったのは、2019年のジョー・タルボット監督作『ザ・ラスト・ブラックマン・イン・サンフランシスコ』での演技だ。サンダンス映画祭でプレミア上映され、A24が配給を担当したこの作品で、メジャースはインディペンデント・スピリット賞にノミネートされた。バラク・オバマ元大統領が2019年のベスト映画の一つに挙げたことでも話題となった。
2020年にはスパイク・リー監督の『ダ・5・ブラッズ』でチャドウィック・ボーズマンやデルロイ・リンドと共演し、Netflixで高い評価を獲得した。同年、HBO『ラブクラフト・カントリー』で主演アティカス・フリーマン役を演じ、プライムタイム・エミー賞候補となった。その後も『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール』(2021年)でナット・ラヴ役、『クリード3』(2023年)で敵役デイム・アンダーソンを演じ、さらにMCUでカーン・ザ・コンカラーとして『ロキ』『アントマン&ワスプ: クアントマニア』に出演するなど、ハリウッドで急速にスターダムを駆け上がった。
しかし2023年3月、メジャースは元恋人への暴行と嫌がらせの容疑で逮捕された。同年12月に有罪判決を受け、マーベルとの契約は解除され、多くのプロジェクトから降板することとなった。『ボディビルダー』も当初2023年12月公開予定だったが、配給元サーチライト・ピクチャーズが公開を中止し、最終的にブライアクリフ・エンターテインメントが権利を取得して2025年3月に公開された。現在、52週間の家庭内暴力介入プログラムを受けている。
海外の感想評価まとめ
映画『ボディビルダー』は海外で賛否両論を巻き起こした。IMDb6.9/10点、Rotten Tomatoes批評家80%・観客92%、Metacritic65/100という評価だ。特にジョナサン・メジャースの演技は絶賛されたが、物語の構成やテーマの扱いについては意見が分かれた。なぜこの評価になったのか、海外レビュアーたちの本音の評価を見ていこう。
IMDb(総合評価:6.9/10)
①私は最初、これがボディビル映画だと思って観始めたが、全く違っていた。これは孤独の危険性についての暗い物語だった。キリアン・マドックスは「ミスター・オリンピア」になるという強烈な野心を持つボディビルダーで、その目標のためなら極端な手段も厭わない。だが不幸な幼少期と悪化する精神状態が彼の進歩を妨げ、完全な狂気への道を歩ませる。彼が本当に愛しているのは祖父だけで、友人も恋人もいない。ヒーローであるブラッド・ヴァンダーホーンに手紙を書いても無視される。この映画は重要な問いを投げかける:人は孤独にどこまで耐えられるのか、執着と思考に飲み込まれる前に。
②私がこの映画を観るべき理由は、主演のジョナサン・メジャースだ。彼が映画を支え、「人生が芸術を模倣する」という悲しい現実を超えて作品を引き上げている。監督イライジャ・バイナムは確かに才能があり、プロットは散漫だが観客を椅子に釘付けにする。ボディへの執着、精神疾患、児童虐待、ステロイド乱用といった多層的なテーマを扱い、『バッド・ルーテナント』のような転落映画のように、この狂気の旅には意味がある。夢の幻覚と暴力的な現実が混ざり合い、奇妙な風景を作り出す。
③私が感じたのは、映画は現実から私を連れ出し、自分の問題や現実との戦いを忘れさせてくれるべきだということだ。その点で本作は成功しているが、非常に不快な場所へと私を連れて行った。メジャースの演技は素晴らしく、重荷を背負い誠実で説得力のある演技を見せてくれた。ただ、もう少しアクションがあれば次のレベルに到達できたと思う。それでも映画館で観る価値のある作品だった。
④私が最も印象に残ったのは、ビジュアル・ストーリーテリングの素晴らしさだ。撮影はスポーツの残酷な肉体性と、キャラクターの内面的な旅を形作る静かで内省的な瞬間の両方を捉えている。サウンドトラックは控えめだが効果的で、感情的なビートを過度に強調することなく補完している。演出は自信に満ちていながら重苦しくなく、物語と演技に呼吸する余地を与えている。メジャースの演技は間違いなく軸だが、脇役も評価に値する。大きな夢を追いかけたことのある人、特に成功が興奮と孤立の両方をもたらすことを発見した人にとって、これは観るべき映画だ。
Rotten Tomatoes(批評家:80% / 観客:92%)
①この映画を観て敗北感に打ちのめされたということだ。キリアン・マドックスの悪魔に引き込まれ、彼が時代最高のボディビルダーになるという執着で徐々に狂気に陥っていくのを目の当たりにする素晴らしい仕事をしている。ジョナサン・メジャースが私が今まで見た中で最高の演技を見せてくれた。彼がキャラクターの怒りを美しく捉える様子は、シーンごとに爆発的で映画の撮影は見事だ。
②私はボディビルの生の思考を捉えていると感じた。身体醜形障害、過食、ボディビルダーの精神状態の他の部分の視点を本当に示している。メジャースの役柄から孤独、喪失、恐怖を感じずにはいられない。演技は信じられないほど素晴らしく、ペース配分が少し外れていたが、全体的に良い映画だった。
③私がこの映画について思ったのは、タクシードライバーに似ているが、ジョナサン・メジャースは素晴らしい選択だったということだ。彼はキリアンの精神的健康問題を本当によく表現していた。正直言って、私はキリアンに共感できる。些細な挫折でも人を殺したくなるほど怒りを感じることがある。この映画は、いかに多くの人々が逃げおおせているか、そしてキリアンが銃について真剣になったシーンで、彼が本当に全員を殺したかったことを実感させてくれる。
Rotten Tomatoes – Magazine Dreams
Metacritic(総合評価:65/100)
①私が観て感じたのは、『ボディビルダー』が熱に浮かされた賛歌のように現れるということだ。野心、力、自己価値の逸脱的な追求への生々しい哀歌である。これは夢と冒涜の映画であり、希望と並んで繊細に織り込まれた怒りだ。神々が地上で揺らぎ、昇天と必然的な崩壊に熟している野蛮なバレエが展開される。この映画は力を親密に理解している。外的なものとしてではなく、利用されるか解放されるのを待っている内的な怒りとして。
②私の感想は、ペース配分が失敗しても、メジャースから目を離すことは不可能だということだ。彼は世界に見てもらう必要がある男で、もし拒否されれば、彼らに痛みを感じさせる。彼の演技は圧倒的で、外は力強く内は弱々しい二つのキリアンの対比が、『ボディビルダー』を心を引き裂くキャラクター・スタディにしている。時に美しく、時に混沌としている。
③私が本作を観て思ったのは、メジャースのすべてを賭けた演技によって、『ボディビルダー』はほとんどの欠点から逃れられるということだ。彼の偉大さに支えられて、この映画は成立している。ストーリー自体は映画のフィナーレが訪れるずっと前に底を打つが、メジャースが驚くほど不穏なパフォーマンスを届けることに疑いの余地はない。
批評家レビュー
海外の専門批評家による『ボディビルダー』の詳細な評価を紹介する。タクシードライバーやジョーカーとの比較、人種問題の扱い、そしてジョナサン・メジャースの演技力について多角的な視点から分析されている。
Roger Ebert 3.5/4
マット・ゾラー・セイツ氏「『ボディビルダー』は『タクシードライバー』の系譜に連なる暗黒ドラマだ」
本作はマーティン・スコセッシの『タクシードライバー』と同じ路線の暗い心理劇である。障害を持つベトナム戦争帰還兵の祖父の世話をしながら、ボディビルのチャンピオンを目指すキリアン・マドックスは、幼少期のトラウマ、精神疾患、怒りのコントロール障害、性的機能不全、経済的困窮、そして抑圧者への憎悪を抱えている。
イライジャ・バイナム監督と撮影監督アダム・アーカポーは、表現主義的なネオノワールのスタイルで物語を撮影した。夢と現実の境界が曖昧な演出は意図的なものだ。射撃場のシーンでカメラが主人公に飛び込む手法、大量の食事とステロイドを摂取するシーン、そしてスーパーの同僚とのデートを台無しにするシーンなど、『タクシードライバー』や『ブギーナイツ』からの影響が明白だ。
評価点 本作の独自性は、主人公が黒人であり(監督も黒人)、人種が彼の疎外感の要因として描かれている点にある。リチャード・ライトの『アメリカの息子』と同様、社会的要因が暴力的な反英雄を生み出す過程を描いている。キリアンの台詞は、食品砂漠に住む経済的に恵まれない黒人男性の正当な不満を表現している。レストランでの対立シーンでは、白人家族が「怖い黒人男性が無実の白人を脅している」と見なすが、実際には暴力の連鎖に巻き込まれた被害者でもあるキリアンの複雑な立場が描かれている。
批判点 しかし映画は『タクシードライバー』からの借用が多すぎて、独自性を失っている。さらに、主演俳優の現実の暴行事件が、映画冒頭のカウンセラーの台詞「州はあなたの攻撃性を心配している。他者に危害を加えないことを確認したい」と重なり、作品と現実の境界が曖昧になってしまった。これは映画にとって不幸なことだ。
(Roger Ebert – Magazine Dreams)
Variety 90/100
オーウェン・グレイバーマン氏「メジャースはデニス・ヘイズバートのハルク版のような外見と声を持ち、内なる静かな思索的な質が心を捉える。何という演技だ!」
イライジャ・バイナムは独立系映画監督が観客を催眠状態にし、自分の才能を見せつけ、壮大な声明を発するための確実な方法を知っていた。『パルプ・フィクション』と『ブギーナイツ』を融合させたような、暴力が空気中に漂うクライマックスを魅惑的な音楽とともに創造することだ。本作でバイナムは、その素晴らしい例を作り出した。
ジョナサン・メジャースは役作りのために本物のボディビルダーになった。2ヶ月の筋トレで作れる筋肉ではない。しかしメジャースは、デイブ・バウティスタのような鈍重な筋肉俳優ではなく、マーロン・ブランドのような存在だ。彼はデニス・ヘイズバートのハルク版のような外見と声を持ち、内なる静かな思索的な質が心を捉える。スーパーで働くキリアンがレジ係のジェシーに魅力的だが非常に傷つきやすい様子で話しかけるシーンで、我々のこの大男への投資は完璧になる。
評価点 本作の根底にあるテーマは人種的な怒りへの深い探求だ。124分の映画はほぼ完全にキリアンの孤独な使命の荒涼としたスペクタクルを中心に構築されている。彼は壊れた祖父と暮らすベトナム戦争帰還兵の孫で、世界で最も鍛え上げられたインセルのように振る舞う。
批判点 観客にとってこれは挑戦的な映画だ。しかし私は最後の30分まではすべてのシーンに釘付けだった。キリアンが銃を手に取り、彼がそれを使う瞬間までのカウントダウンを感じるようになると、緊張感が薄れた。『タクシードライバー』のトラヴィス・ビックルも狂っていたが、あの映画の美しさは、彼の断絶した抑圧された怒りが我々の多くの中にあるものを表現していた点だ。『ボディビルダー』は極端さの中で心を揺さぶるキャラクターを創造した。
The A.V. Club 批判的評価
アンディ・クランプ氏「バイナムは物語の骨組みを失敗についての物語ではなく、スペクトラム上の人生をナビゲートする挑戦についての物語として構築している」
『ボディビルダー』は2023年にジョナサン・メジャースを取り巻くスキャンダルによって棚上げされていた。彼の犯罪が本作を水没させた氷山の見える部分だが、氷山の見えない部分は映画そのものだ。これは軽率な脚本の無緩和な災害であり、恥ずかしい実行だ。メジャースの犯罪が公開延期を引き起こしたが、恥ずべき実行そのものが水中に留めておくべき理由を示している。
キリアンは社会的に不器用な孤独者で、ボディビルの野心が才能と功績を大きく上回っている。一般人の目には、キリアンの体格は神のように見える。しかしプロの目には、彼は不足している。彼は目を合わせるのが苦手で、つぶやき、ボディビル以外について話すことができない。
評価点 メジャースの演技は否定できない。彼がここで見せるもの、彼の技術だけでなく肉体そのものでどれほど生々しく脆弱で勇敢であるかは、見るべきものだ。
批判点 しかしバイナムは物語を失敗についての物語ではなく、スペクトラム上での人生のナビゲートの挑戦についての物語として構築している。キリアンの認知の違いは、脚本が彼の肩に積み上げる多くの問題によって悪化させられるためだけにそこにある。バイナムは拷問フェチを持っているかのようだ。映画はキリアンが法的影響なしに非常に多くの境界を越えることを許可するため、強制された社会批評の弱い試みは侮辱として読める。
(The A.V. Club – Magazine Dreams)
Entertainment Weekly 91/100
リア・グリーンブラット氏「ペース配分が失敗しても、メジャースから目を離すことは不可能だ。彼は世界に見てもらう必要がある男で、拒否されれば痛みを感じさせる」
この映画はスタイリッシュな強度で効果的に満たされている。最初から不安で魅了され、キリアンに疑いの余地を与えようとし、彼の善良さを探し、成功を応援しようとする。それが少しでも長く彼を従順に保つかもしれないという希望のために。初期に裁判所命令のセラピストを通して、彼が暴力的なエピソードを持っていたと告げられるが、ジェシーがキリアンから早く逃げる必要がある誰かであることを処理し始めるまで、ガラスは完全には砕けない。
評価点 ペース配分が失敗しても、メジャースから目を離すことは不可能だ。彼は世界に見てもらう必要がある男で、もし拒否されれば、痛みを感じさせる。彼の演技は比類なく、映画全体を引き上げている。
批判点 『ボディビルダー』は興味深いキャラクター・スタディだが、多くの俳優がそのドラマチックな機会のために演じたいと思うだろう。しかし挑発しショックを与えるためだけに作られたように見える。特にほとんど耐え難いほど陰鬱な最後の1時間において。
(Entertainment Weekly – Magazine Dreams)
個人的な感想評価
『ボディビルダー』は、ジョナサン・メジャースという稀有な才能と、イライジャ・バイナムの野心的な演出が衝突した結果生まれた、極めて挑戦的な作品だった。海外レビューの多くが指摘するように、本作は『タクシードライバー』や『ジョーカー』の系譜に連なる孤独な男の暴走を描いた心理劇だが、単なる模倣作品ではない独自の要素を持っている。
最も印象的なのは、主人公が黒人であることを単なる設定として扱わず、彼の疎外感と怒りの根源として正面から描いた点だ。食品砂漠、警察の偏見、社会からの無視。キリアンが抱える怒りは個人的な精神疾患だけでなく、構造的な人種差別とも結びついている。レストランでの対立シーンが象徴的で、白人客はキリアンを「危険な黒人」としか見ないが、実際には彼もまた暴力の被害者だった。この多層的な視点が、本作を他の「怒れる孤独な男」映画と差別化している。
メジャースの演技については絶賛以外の言葉が見つからない。彼は単に筋肉を増やしただけでなく、キリアンの目線の動き、声のトーン、社会的な不器用さを完璧に体現した。特に秀逸なのは、子供のような無邪気さと爆発寸前の怒りを一瞬で切り替える演技だ。ジェシーとのデート・シーンは、観ているこちらが居た堪れなくなるほど生々しく、彼女が恐怖を感じる様子が痛いほど伝わってくる。
ただし批評家たちが指摘する通り、脚本は明らかに詰め込みすぎだ。ステロイド依存、性的機能不全、暴力の連鎖、偶像への幻滅、銃器への執着。これらすべてを124分に収めようとした結果、個々のテーマが十分に掘り下げられていない。特に最後の30分は、暴力へのカウントダウンを延々と見せられるだけで、緊張感よりも疲労感が勝ってしまう。
それでも本作が価値あるのは、現代アメリカ社会の闇を容赦なく映し出す鏡として機能しているからだ。承認欲求、孤独、SNSで拡散される完璧な身体へのプレッシャー、そして誰にも本当には見てもらえないという絶望。キリアンは極端な例だが、彼が抱える感情は現代人の多くが共有するものだ。バイナム監督の次回作に期待しつつ、本作はメジャースの才能を記録した貴重な作品として記憶されるだろう。
まとめ
この記事では、2023年サンダンス映画祭でプレミア上映され2025年に劇場公開された映画『ボディビルダー』のネタバレあらすじ、作品情報、そして海外での詳細な評価をまとめて紹介した。
本作は公開前から大きな期待を集めていた。イライジャ・バイナム監督の2作目となる長編で、ジョナサン・メジャースが1日6100カロリーを摂取し1日3回・4ヶ月間のトレーニングで肉体改造に挑んだという話題性もあった。サンダンスでは特別審賞を受賞し、当初2023年末の公開でオスカー候補と目されていた。
しかし主演俳優の法的問題により配給元が変更され、公開は2年延期された。それでも蓋を開けてみれば、IMDb6.9点、Rotten Tomatoes批評家80%・観客92%、Metacritic65点という高評価を獲得した。特にメジャースの演技は「キャリア最高」「次世代のデンゼル・ワシントン」と絶賛され、多くの批評家がオスカー級のパフォーマンスだと評した。
海外では本作が『タクシードライバー』や『ジョーカー』と同じ系譜の孤独な男の暴走を描いた作品として受け止められた。同時に、主人公が黒人であることを活かした人種問題の掘り下げ、ボディビル文化の暗部、承認欲求と孤独が生む暴力など、現代アメリカ社会の病理を鋭く描いた作品として評価された。一方で、脚本の詰め込みすぎや最後の展開の冗長さを批判する声もあった。
結果として『ボディビルダー』は、主演俳優のスキャンダルという不運に見舞われながらも、批評家と観客の両方から支持を集め、ジョナサン・メジャースという稀有な才能を記録した作品として映画史に刻まれることとなった。
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